均整師(有資格者)の声 均整師(有資格者)の声

講師 宮川幸次郎先生

回答者

名前:講師 宮川幸次郎先生(本文中は敬称略)

年齢:74歳

施術所名:身体均整法指導所

均整師以外に持っている資格:鍼灸師

均整法の学校に入学する前にどんなことで悩んでいましたか?

宮川60歳で退職したら、身体均整法と長生術を勉強しようと決めていたから手技の選択で迷ったり、悩んだりはしなかった。

何がきっかけで、均整法の学校を知りましたか?

宮川私の出身は伊豆七島の新島で、父はそこで骨接ぎ、カイロプラクティック、指圧、按摩、マッサージ、灸をやっていた。私は砂鉄採取、映画技師、、学校警備員と1日3つの仕事をしながら、剣道と慶応の通信教育をしていた。4年経っても島にいるかぎり、科目修得試験が受けられず、単位がとれない。昭和37年12月に上京した。東京都田舎のどこが違うか。東京では本が見て買える。年が明けてさっそく神保町へ出掛けた。古書店、明倫館で運命の出会いをした。国分壮(さかり)「手技整形学」。身体均整法はこの本で知った。最後の経絡反射同調法(p296~p291)には全く心をうばわれた。カイロプラクティックもオステオパシーも本を読んでやってみた。私は本質的には本育ち。

均整法の学校を知ってすぐ入学しましたか?しなかったとしたらなぜですか?

宮川小関勝美先生に電話をした。「間もなく学校ができる。そうしたら金がかかるよ。すぐ講習会に出ろ」ということでした。通信教育を受けながら、東洋大学で教職員免許の認定講習、学校と組合と2つつとめていては均整法の受講はできなかった。
昭和39年8月には、後楽園近くの古い木造アパートの1室を借りて、療養院を始めた。
小学5年生の時、父の友人の床屋のおじさんに自彊術と他彊術を教わり、6年のとき担任の先生には目の指圧などを教わった。それが元だった。

何が決め手となって均整法の学校に入学しましたか?

宮川新島で、母のおばさん「陰居婆(いんきょば~)」がよく胃痙攣を起こしていた。用心のため小学生の私が泊まりに行っていた。発作が起きると父に教わった通りに手技を行う。すると激しい胃痙攣が治まった。治りきってしまうわけではないが、症状はそれで不思議と治まった。
均整法の本もいくつか出てきた。長谷川光洋「身体均整の科学」、手島昇「姿勢保健均整法(現、身体均整法)」、手島昇・野口盛雄「救急法」、亀井進・小関勝美「オステオパシー・姿勢保健均整術」。女房の姉が胃癌の手術を受けたあと数年強烈な胸焼けに悩まされていた。水も飲めない。逆流性食道炎である。次姉も女房もともに治療師なので私は手を出していなかった。あるとき、救急法にある「急性胃炎の操法」で見事に治まった。こうして私は逆流性食道炎で悩む人達を均整の学校へ入る前に、身体均整法で273人調整した。口コミで北海道から沖縄まで伝わった。
入学試験の面接でその話をした。目の前の先生から「ありがとう」と強く握手された。著者の野口盛雄先生だった。うれしかった。入学式のあとの授業で小関先生からも「お前それでもう食えるじゃないか」といわれた。
学校と組合の努めも難しくなっていて、2つともやめようか。やめてどうする。手がけていた和算(日本数学史)で大学院に行きたかった。電話してみると昼夜間とスクーリング科と均整の学校ができていた。慶応の通信教育でスクーリングには馴染みがあった。スクーリング科は2ヶ月に3日行けばよい。市販されていない「観歪法」のテキストがほしい。当時、授業料は106万円だった。1冊にその金額の全額をかけても観歪法がほしかった。組合、学校、2つの職場には内緒で2年間通った。3月に修了して7月31日に退職した。療術院は身体均整法指導所になった。

実際に入学してみていかがですか?

宮川手技の授業に熱中した。夢中だった。酔い痴れた。学生気分を満喫した。小関先生の助手をしておられた堀井先生にお願いして毎週木曜日研修会を行った。研修会は学校を修了してからも続いた。かつての仲間たちがたまらなくなつかしい。入学時私は47歳、72歳のひともいた。私を魅了した4ページ半の経絡反射同調法には鼓舞法も抑制法も書かれていない。学校を修了しもずっと何年も追いかけることになった。テキストに観察法や調整法が抜けているものがいくつかあった。手技のやり方が書かれていない。亀井先生のやっておられた方法はいったいどうだったのだろう。秘密のようだった。校長先生の政策だったのかもしれない。学校に学生を呼び込む。しかし、これは今の身体均整法学園のことではない。昔のことである。

開業してみていかがですか?

宮川ある時期、私の指導所には均整師5名、鍼灸・指圧師5名、柔道整復師1名がいた。中の1人が腰痛と坐骨神経痛で痛みが激しく、自殺を3回はかったという30代男性を連れてきた。「何でまたこんな難しいひとをつれてきたのよ」といいたかった。私ならば何とかできると思ったという。救急法を思い浮かべた。「胸椎12番と腰椎1番の棘突起間をゆっくり3段に(10秒、10秒、10秒)圧を加えて、ゆっくり3段に圧を抜いていくと即効することがある」やってみた。見事にきまった。痛みが消えた。「一生通ってきます」と感激、感謝された。身体均整法をしていると、こういうことがよく起こる。

教える立場になってみていかがですか?

宮川少しなれれば手技は誰でもできる。誰がやっても同じことができる。手技の再現性を私は説きたい。学生の皆さんは難しい手技、奥深い手技、秘技を身につけたい。自分が望んでいるのは、そんな簡単なものではない、と思っておられるように私にはみえる。しかし、簡素な基本的な手技の繰り返しこそが、望んでいる深遠な手技、秘技を身につけさせる。
父は唯心一刀流の免許皆伝。私は天剣、地剣、弱剣、強剣、左剣、右剣、進剣、退剣の8種類の技を270手教わった。1つの技を身につけるには試合稽古で300本使うと身につく。私はそのように教わった。世界1位の障碍者テニスの選手は、1つのショットが打てるようになるのに20,000回打つといっている。そんなにやらなくても均整は身につくと思われる。
手技の繰り返しこそが究極の修得法である。

いま入学しようかどうか迷っている方へ一言お願いします。

宮川女房のすぐ上の姉が、札幌の夏井寅吉という人が作ったコイル(名称 病源位置探知治療器)を販売したり、身体の調整に使ったりしているのをみた。当初、如何わしいことをしていると思った。しかし、均整が少しずつわかってくるとコイルの使い方がわかってきた。体型、骨盤、頭骨、経絡、背兪穴、募穴等の調整をコイルでも行っている。生体磁気にかかわることなので、その理論を知りたいと思った。日本生体磁気学会に最終学歴を姿勢保健均整専門学校で出してみた。それで入会できた。学会は旧帝国大学で開催される。磁場配向という言葉を知っただけでもよかった。鉄分を抜き取った細胞膜だけの「ガラ」の赤血球が磁場をかけると配列を作る。私も学会発表を数回経験した。私の拙い論文を英訳させてほしい。アメリカで発表したいという医師もいた。日本の学会の何と開かれていることよ。身体均整法は幅も広く、奥行きも深い。均整は楽しみ、均整は生き甲斐。

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匿名

回答者

名前:匿名希望

年齢:47歳

施術所名:Y治療院

均整師以外に持っている資格:鍼灸・あん摩、マッサージ、指圧

均整法の学校に入学する前にどんなことで悩んでいましたか?

先生手技(マッサージ・指圧)でなかなか愁訴が取れないこと。どうして身体が歪むのか、どこにどんな刺激を入れれば歪体から正体に変化するのかを理論的に知りたかったです。

何がきっかけで、均整法の学校を知りましたか?

先生大橋の学校の存在は当時均整の治療を受けていた先生から伺いました。現在の学校は綱島にあった均整の治療院?の前に生徒募集のポスターが貼ってありそれを見て知りました。

均整法の学校を知ってすぐ入学しましたか?しなかったとしたら なぜですか?

先生しませんでした。自分の職場の勤務日時と学校の授業日時が合わなかったからと均整法学園がまともな学校(巷にあるような営利目的でいい加減でないという意です)であるかどうか判断がつかなかったからです。

何が決め手となって均整法の学校に入学しましたか?

先生単に均整法の学校と言う事であれば以前調整していただいていた先生の様な技術を身に付けたいと常々思っていたので必ず勉強したいとは考えていました。均整法学園にと言うのであれば当時の職場に大橋校の出身の先生がおられましてどこか均整を勉強できる場所がないか尋ねたところ宮川先生の勉強会を紹介していただきました。宮川先生のような信頼できる先生が講師をされている学校であったことときちんとカリキュラムを組んで授業を行っている学校であったというところでしょうか。あと授業日時が都合良かったこと。

実際に入学してみていかがですか?

先生均整法は種々多様な技がありそれを在学中に皆習得するのは困難だと思います。理論がわかっていればどうすればよいか自分で考えることが出来ます。しかし個々の愁訴に対してこの技術と言うのであれば全部覚えないと手が出ません。かくかくしかじかの理由でこのテクニックを使うと言うことを明確にしていただきたいです(解剖・生理学等に基づいて)。もちろん鍼灸にも経験則に基づいた治療で理論的に解明できない治療法もあります。それはそれで良いと思います。全てではなくても結構ですしその必要も無いと思います。理屈で説明できるものはお願いしたいです。あと少なくとも解剖・生理・臨床医学総論・臨床医学各論等をしっかり講義したほうがよいと思います。有る程度の鑑別診断が出来るようにカリキュラムの追加も必要かと思います(時間的に厳しいのは良くわかっています)。

開業してみていかがですか?

先生元々鍼灸、指圧で施術していたわけですが、既存のクライアントの背中の異常を内臓と関連付けて観る事により病態の把握がよりよく出来るようになりました。時にはクライアントの訴える症状と私の見立てが違うことも正直あります。その辺りの精度を高めてゆくことと、調整のテクニックの向上が現在必要と思われます。

他の資格と身体均整師の資格を持つことで得られるメリットはありますか?

先生鍼灸に限って言えば均整法の考え方は鍼灸にも応用が出来ます。手技で行うところを鍼灸に替えても良いでしょうし、その逆もあるかと思います。ですから治療の幅が広がります。それとよくあるのですが紹介したいのだけどその方は鍼灸は苦手で・・・。そういった方にも手技で応対できるのでより多くのクライアントの獲得にもつながると思います。

いま入学しようかどうか迷っている方へ一言お願いします。

先生何事も始めなければ0(ゼロ)は0です。どれだけプラスにするかは本人次第でしょう。学園の講師は皆熱心で懇切丁寧です。わからないことには必ず答えてくれます。均整法は間違いなく皆に喜ばれます。

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南 昌宏先生

回答者

名前:南 昌宏先生(本文中は敬称略)

年齢:36歳

施術所名:みなみ鍼灸接骨院

均整師以外に持っている資格:鍼灸師、柔道整復師

均整法の学校に入学する前にどんなことで悩んでいましたか?

約10年間スポーツ整形外科等に勤務して鍼灸接骨院を開業しました。
整形外科では、外傷以外の痛みに関しては、10分間のマッサージや温熱、牽引等をしていましたが、経過は芳しくない事が多くありました。
自分で開業した際に、どうにか痛みを取りたいと思っていましたが、働いていた通りにしか出来ず、もっと手技・技術を学びたいと感じていました。また、これからの保険医療体制も厳しくなる事が予想され、自費での施術を行いたいと希望していました。

何がきっかけで、均整法の学校を知りましたか?

20年以上前に父親が均整の学校を卒業しており、また、南先生とも交流が有ったため、ご紹介させていただきました。

均整法の学校を知ってすぐ入学しましたか?しなかったとしたらなぜですか?

すぐに入学

何が決め手となって均整法の学校に入学しましたか?

他の学校に比べて、カリキュラム・授業内容がしっかりしていた。

実際に入学してみていかがですか?

まず第一に入学して良き師、良き同志に出会えた事に本当に感謝しています。
以前整形外科に勤務していた時は整体などの事を軽視していました。
開業当初、父親にも手伝ってもらっていましたが、痛みや歪みが無くなっていく様を目の当たりにし学びたいと思いました。授業を受けて驚いたのは、科学的であり生理学、解剖学をきちんと踏まえて考えられていたことです。
体型別に特徴をとらえ施術に向かう方法、考え方を示唆してくれいるので入りやすいと感じました。また講師の先生方もご自分の体験・技術を余すところ無く教えてくれ感銘をうけました。

開業してみていかがですか?

諸先生方との実力の差を感じていますが、痛みや歪みが無くなったクライアントの驚きと笑顔に癒され、元気をもらっています。卒業しても勉強会や講習会があり、新しい技術や新たな発見・気づきを頂いています。

いま入学しようかどうか迷っている方へ一言お願いします。

本物を目指したいと思っているなら、必ず答えがあります。講師の先生方は実際に開業して成功を収めている方々が指導してくれますし、カリキュラム・授業日数の多さもその表れだと思います。楽は出来ないけど、努力した分以上の経験が積めると思います。

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